塗装の違い:セラック&ピストル

次に、世界中のギターの塗装はセラックニス手塗りピストル吹き付け塗装に大別出来る事を念頭に置きましょう。

 

1979年、私がスペイン・グラナダで購入した最初のスペインギター(クラシック)の塗装セラックニス手塗りだと知ったのは、それから18年後の事でした。今、思い返してみても、音と弾き易さを確かめただけで、その時はまさか塗装の質までは考えてもみませんでした。スペインギターを扱い始めて、やっとその存在と意味を知った訳です。ですから、殆どの愛好家はギター選択の際、塗装と言えば見た目の光沢つや消しか、せいぜい外見だけの認識だと言う事は身をもって分かります。

 

しかし!! 塗装は見映えだけで、音には一切関係ないと言う一般的固定概念とは全く逆に、塗装こそギターの音色を活かし、また殺しもする決定的因子である故に、消費者側もギターの塗装について活眼を開かれるべき事もまた、念頭に置きましょう。

 

ワイシャツとセーターで喩えてみます。本来ギターに限らず、音響の点から言えば、楽器は塗装しないのが一番だと言えますが、それでは格好が付かないので、何らかの塗装を施す訳です。人間は裸のままが一番身軽だが、見た目が悪いのでワイシャツを着るが如くです。しかし、セーターならどうでしょう? セラックニス手塗りピストル吹き付け塗装(ガン塗装)の差は、正にステレオのスピーカーにワイシャツとセーターを被せると比喩出来ます。

 

セラックニス(以下セラック)は極めて音響の良いニスですが、組み立てが終わったばかりのギターにいきなり塗る事は出来ません。まず、木材表面をキメ細かくサンドペーパー掛けし、人間の肌の毛穴とも言うべき木材の気孔をメ止めしてから、やっとセラックを幾重にもタンポ塗りして行きます。総て手作業です。木材にも拠りますが、20日から1ヶ月はかかります。

 

確かに、こんな面倒な手作業を量産工場に求めるのは無理ですし、普及モデルにこんな高価な塗装をする意味もありません(自社の最高級モデルはセラック塗装する量産工場もあり)。そこで、普及モデルポリウレタンを吹き付けるピストル吹き付け塗装(以下ピストル)の一日仕事。メ止めも何もありません。塗装重量80g位。

 

また、ピストルには違いありませんが、高いモデルには塗装重量40g位のラカ塗装(Sp:laca)を施す良心的な工場もあります。ポリウレタン同様ピストル仕上げですが、ラカ塗装は1週間はかかります。自らの手工ギターラカ塗装する製作家もいますので、このラカ塗装は評価出来ると言えますが、手作業のセラックに時間を取られるより、ピストルラカ塗装して早く終わって、早く次のギターに取りかかる方が経済的に効率的だからです。或いは、塗装は頭からセラック専門職人(日本には存在しない職種)に任せるスペイン人製作家も多いです。

 

ところで、私は以前、フランシスコ・アルバ氏とセラック塗装の重さを量ってみました。つまり、グラム単位の精巧な量りで、ギターをセラックで塗る前と塗り上がった後の重さを計量してみました。何とマイナス2g!? 何かの間違いだろうとしか思われず、もう2本のギターで実験してみました。結果は2本共差し引きゼロ。つまり、セラックを塗っても、塗る前と全く同じ重さでした。これには私はもちろん、製作家の氏も意外だった様です。セラックには木材の湿気を吸収する作用があるのでしょうか? これについては研究の余地有りで、結論付ける事は出来ませんが、セラック塗装は正にワイシャツ、しかも、ごく薄手のワイシャツだと言えます。音の出、伸び、分離、遠達力など、総てにおいてピストル塗装に遥かに優る事は疑い様のない事実です。

 

以上を踏まえて、50万円以上のギターは国産輸入ギターを問わずセラック塗装であるべきです。それが製作家や楽器商の良心であり、それだけの金額を支払う消費者への礼儀であるはずです。

 

その見分け方です。様々なカタログやサイトで、ギターの弦長や各部分の使用木材などの説明の欄に塗装:セラックとの表示がなければ、それは普及モデルはもちろん、高級手工ギターさえ、仕上げはポリウレタン(或はラカ)のピストル吹き付け塗装だと暗に言っているのと同じです。そして、もし、それらが50万円以上のギターなら、いくら有名製作家だろうが、ブランドの何とかモデルだろうが、最後の詰めを誤ったギターだと言わざるを得ません。中には、このギターはピストル塗装でも良く鳴っているじゃないかと反論もあるでしょう。それなら、セラック塗装すればもっと鳴ります。

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は当然[セラックピストル]です。もっと詳しく言えば[セラックピストル(ラカ)ピストル(ポリウレタン)]となります。ギター自体の出来が良ければ、ピストルでも音量は十分ですが、この見た目の[g>40g>80g]の僅かな違いは、正にワイシャツとセーターを着て運動する際の著しい違いの如く、特に音質に圧倒的な違いを生じます。音響の観点から言えば、ギタ-の塗装は見た目の問題ではなく、音を解き放ち、ブレーキをかけもする、その重さの問題なのです。塗装は軽いに越した事はありません。手間隙経費がかかる事は別にして、塗装はセラックが一番です。

 

セファルディからお送りする手工ギターは総てセラック塗装。普及モデルは同じピストル塗装でも、より層の薄いラカ塗装(4A4AF15はポリウレタン)です。再度、この『セラックピストル(ラカ)ピストル(ポリウレタン)』の違いによる、音量音質比較に克目して頂き、ギター全商品一覧の塗装欄の”セラック,ピストル(ラカ薄塗),ピストル”とはこう言う意味だとご確認下さい。

 

また、上で目安としてセラックは50万円のギタからと書きましたが、セファルディでは何とセラック塗装スペインギターが280,000円(GLシリーズ)より。ギター全商品一覧で、”GL“で始まる品番で、この定価の計7本(クラシック3+フラメンコ4)を確認して頂けます。ギターを木材の音響性を最大限に引き出すため、ギタショップではなく、スペインギタ振興会として、敢えてこの手間隙コストのかかるセラック手塗り塗装に挑戦します。

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次に、メンテナンスの面から見たピストルセラックの相違点です。セラックも製作家によって得手不得手はあります。セラックは手塗り故に、僅かながら濃淡やタンポ塗りの跡が残りますが、ピストルなら塗装は一応に仕上がり、見栄えは遥かに宜しいです。しかし、ピストルはその分塗装の層が厚く、音にブレキが掛かります。

 

ましてや、オレンジ色のギターなど論外です。ピストル塗装の中でも最も安価なオレンジ色のポリウレタン塗装は、作りの荒い安価な普及モデルの塗装方法です。早い話が量産工場の雑な作り(接合部分の隙間etc)やキズを隠すための濃い目のオレンジ色に他なりません。しかも、手にずっしり来る重さです。安物ならともかく、日本でオレンジ色の輸入スペインギターに平然と何十万円~100万円以上の値札が付いていれば、それはむしろ、量産ブランドギターの絶好の証に他なりません。

 

もっとも、この様に層が厚いピストル塗装の方が、音響は悪いがキズが付き難く、清掃も市販の家具の艶出しで拭き取れ、メンテナンスも気楽です。

 

逆に、薄手のワイシャツ同然のセラックは音響に優れますが、その分キズは付き易いです。また、たとえ新品でも、時と共に自然に光沢を失い、気候によっては曇りも生じます。これらは再塗装で新品同様になりますが、セラックは音響に優れる分だけ、手間がかかると言う訳です。清掃は市販の家具の艶出しで結構ですが、アルコルを含んでいないこと。セラックはアルコールに溶けます。また、汗にも注意しましょう。スペインのフラメンコギタリストのギターの右肘の部分は、汗のせいでセラックが薄れているのがむしろ普通です。肘当てや長袖の着物を心掛けましょう。セラック塗装のギター購入の方は、予めこのセラックの特性を十分ご納得の上、お求め下さい

 

要するにピストル塗装の方が安価で頑丈で音響が悪く、セラックは極めてデリケートな高価な塗装で音響に優れていると結論出来ます。因みに私が今まで見て来た日本人&スペイン人プロギタリストの使用するセラック塗装のギターですが、何年も弾いているためか、何れも光沢もなくキズだらけで、本人達も気にする様子はありませんでした。『少々のキズなら再塗装すれば完全に消えるし、再塗装する金もないし!? それに、セラック再塗装など何時でも出来る。それより、このギターをより良く歌わせるのが私の仕事だ。』とプロは思っているのです。もちろん、故マヌエル・カーノ先生の愛器もキズだらけでした。

 

次は女子マラソンです。私は1999年南スペインのセビージャ国際陸上に浅利純子選手の応援団の通訳で呼ばれました。スタッフと観光地区を歩いていると、散歩中の高橋尚子選手とバッタリ出会った事があります。結局、彼女は故障で走りませんでしたが、どこの女子高生かと思う程、小柄で子供っぽかったのが第一印象でした。その高橋尚子選手が何年か後、シドニー五輪で金メダルの様子をスペイン国営テレビで見た時は嬉しかったですね。

 

さて、もし、高橋尚子選手がセーターにトレパンなら金メダルは取れたでしょうか? 短パンにTシャツだからこその快走だったはずです。但し、もし、コケたら、セーターにトレパンの方が軽傷で済みます。ギターも同じです。塗装が厚ければ、ぶつけても頑丈ですが、音の出が悪くなります。塗装が薄ければ、音の出は良好ですが、キズは付き易いです。後は好みの問題ですが、ギターはあくまで音を出すのが目的だとすれば、前者は素人受けし、後者は玄人受けします。 

 

とは言え、ギタ愛好家が皆、高価なセラック塗りの高級手工ギターを持つ訳ではありませんし、予算の問題もあります。ただ、ギター塗装は見映えだけではなく、塗装こそギターの音色のアクセルにもブレーキにも成り得るものだと知っておけば、将来のギタ選択に大いに役立つ事でしょう。 

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