普及モデルか手工ギターか
次に、世界中のギターは普及モデルと手工ギターに大別出来る事も念頭に置きましょう。
普及モデル(量産ギター)と言うと、オ-トメ-ション化されて、機械に材木を入れたらギターが出て来る様な響きですが、本来一人の製作家がのこぎりで切る部品を、機械で大量に準備すると言う意味の量産で、決して1日でギターが出来る訳ではありません。昔ながらの職人気質で丁寧に作ると生産個数に限度があり、原価も高く、大量仕入れと大量生産で徹底的にコストを削減する量産工場なら、より安く大量に生産出来るのはどの製造業もギターも同じです。しかも、今日名工達も機械の使える個所は機械に頼っているのが現状です。
こうして、各部分の木材の準備を終えると、そこから先は総て手で組立てて行きます。ただ、それを1人の製作家が丹精に仕上げるか、20~30人の名もない量産工場の職人達が分担作業でやるかの違いです。それなら、結局、普及モデルも手工ギターも、ブランドかそうでないかの違いだけで、実質的に大差はない事になってしまいそうですが、果たしてそうなのでしょうか?
この様に、手作りでないギターなどこの世に1本も存在しない以上、広い意味で総てのギターは手工ギターであると言えます。ですから、例えばスペインのギター工房では、客が初心者だと見れば、たとえ5万円の普及モデルでも”これは手工ギターだ”と言われます。これは一面正しい答えですが、今日のスペインで最低の最低でも30万円(約2000ユ-ロ)以下のギターが、1人の製作家がこつこつ作った手工ギターであるはずがないのです。ギター知識に乏しい消費者に、工場から安く仕入れた普及モデルに自らのラベルを貼って、手工ギターと称して売るための方便です(実話体験談)。
日本でも今日、日本製手工ギターより遥かに高額なブランド化されたスペイン製普及モデルが多く見受けられます。ブランド名に幻惑されないためにも、普及モデル&手工ギターを見分ける基本的な知識を幾つかの項目に分けて見て行きましょう。なお、以上の意味で…、
当サイトでは量産工場のギターは普及モデル(量産ギター)、
ギター工房で製作家によって作られるギターのみを手工ギターと呼ぶ事にします。
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寿司とギター
寿司屋の寿司がスーパーの寿司パックの5倍すると文句を言う人はいないでしょう。何年も修行を積んだ板前さんが、朝早く自ら魚市場に赴いて見定めたネタで握った寿司に対して、片や安さが売りの言わば量産寿司。しかも、作者はパートのおばさん。見た目と量は同じでも、そこに至る過程、労力、経験、ネタ、味、値段、格の違いは歴然です。量産工場の普及モデルと個人製作家作正真正銘手工ギターの歴然とした違いも同じです。
ところが、今日スペイン国内でさえ、かなりのスペイン製普及モデルはブランド化されて手工ギター並、有名ブランドならそれ以上の料金が付いているのが現状です。もちろん、個人製作家作正真正銘の手工ギターはこの類ではありませんが、資本主義社会で成功したければ、大量仕入れと大量生産で徹底的にコストを削減して、ブランド化して高く売るのは当然の戦略だと、もしかするとそう思っている読者もいるかも知れませんが、賛否両論はともかく、これが日本に輸入される多くのスペイン製普及モデルの厳然たる現実になって来ています。
単にビジネスとして捕らえれば、手間隙コストのかかる生産台数の少ない手工ギターを苦労して売るより、原価は10円そこそこでも、しっかり宣伝してブランド化して、200円で大量に売って儲ける事だけが目的の炭酸飲料の如く、ブランド化されたスペイン製普及モデルの方が遥かに金銭的効率が良いからです。また、消費者側にもこの手工ギターと普及モデルを区別する目がないため、多くの場合、ブランド化された普及モデルを手工ギター並みの料金で買わされているのが現状です。
それ故、幻惑されない識別力を養って頂くための当サイトでもあります。
原材料費などの違い
建材のヒノキでも、節の有無によって料金が全然違う様に、極上の木材は当然製作家の工房で手工ギターに、並みは量産工場に買い取られて普及モデルになります。原価が違って来るのも当然です。
木材乾燥過程の違い
製作家の工房ではそれを更に最低10年寝かせてから、初めてギター製作に使います。木には人間の毛穴と同じく気孔なるものがあり、年数の経過と共に気孔内の樹液が乾燥して音の通り、音質が良くなります。つまり、寝かせば寝かす程、味とコクを増すワインの様なもので、こうなると経過年数にお金を払うのが木製楽器業界だとも言えます。量産工場では機械で乾燥させます。
この使用木材の自然乾燥と機械乾燥の差が手工ギターと普及モデルの音質に決定的な違いを与える事は、多くの専門家の一致するところです。楽器としての作りや音量ではなく音質です。今日、確かに普及モデルでも手工ギターと見分けが付かないほど音量もあり、木工として優れたものもありますが、養殖魚ではいくら頑張っても自然に獲れた魚ほど美味い刺身にはならない様に、木材も人工的に乾燥させる段階で自然本来の良さが失われ、それが音質、つまり、音の味とコクに反映します。自然が一番、手工ギターが一番なのです。
生産台数の決定的な違い
ギター工場の普及モデルとギター工房の手工ギターの生産量は、正に名工作の陶器と中国製安物コップ位の差があります。製作家がこつこつ作る手工ギターはせいぜい年間14、5本。同じ工房で働く息子や弟子の協力があってもせいぜい20本程。これが手工ギターの限度です。それでは、世界中に相当数出回っている有名製作家ラベルのギターは一体誰が作っているのでしょう? もちろん、本人作ではありません。量産工場に委託して作らせた普及モデル(比較的高価なギターは次に述べる影武者ギター)に本人のラベルを貼ってあるだけです。大枚叩く価値はありません。
但し、然るべき製作本数の有名製作家であれば、当然それは手工ギターとして信用に値します。
ギターとハンドバック
スペインにロエ○と言うハンドバックのブランドがあります。日本でもかなりの高級品として売られていますが、スペイン・アンダルシア地方カディス県の山奥の皮工芸で有名なある村の工場に、大半を作らせています。そして、工場から出荷する際、全く同じハンドバックが、ロエ○の印が圧してあるだけで何倍もします。資本主義社会の仕組みは皆こんなものだと言われれば、ギター業界も仕方がないのかも知れませんが、有名製作家の名前のラベルのギターには、正真正銘本人作の僅少の手工ギターとあたかも本人作の手工ギターに見える、ラベルだけ本物の量産ギターがあること位は、消費者側も少なくとも知っておくべきす。仮に仰々しく本人のサインが入っていてもです。
そして、読者が興味をそそられているあのギター、欲しいと思っているそのギターは一体どちらなのか? それなら、その料金は妥当なのか、法外なのか? ある程度の見る目を持っていなければ、ラベルにお金を払う事にもなりかねません。
中国製スペインギターも!?
食は中国、ギターはスペイン!? ところが、今日何と中国製ギターをそのまま輸入して、そのまま自らのラベルを貼ってスペインギターとして販売するスペインのギターメーカーと、それを承知でスペイン製として販売する輸入業者や楽器店が世界中で後を絶ちません。日本でもです。以下”スペイン製か中国製か“をご覧下さい。
影武者手工ギター!?
各部分を弟子に用意させ、それを師匠本人が組み立てるならまだ話は分かりますし、多くの歴史的名工達もおそらく、そうして来た事でしょう。また、そんな事を一々購入者に言う製作家もいないでしょうが、仮にそう言われてもこの程度なら納得出来ます。しかし、問題は本人作の僅少の手工ギター(上述)どころか、100%他人の作品で、本物はラベルとサインだけの有名製作家ラベルのスペイン製手工ギターもあると言う現実です。
確かに、工場製の普及モデルに自らのラベルを貼って、大衆ギターとして販売する事は、昔から有名製作家の工房でもされて来ました。例えば、私は相当古いホセ・ラミレスラベルのくるみギターを持っていますが、その雑な造りやヘッドの形からして、当時の普及モデルである事は間違いありません。この様に比較的安価なギターなら話は分かりますが、相当高いギターまで全く他人任せ!?
論より証拠。私の知り合いの若い無名のスペイン人製作家マリオ・フェルナンデスが以前マドリードの、日本でも有名な○○・ラミレ○ギター工房に履歴書を送ったところ、忘れた頃に面接に呼ばれたそうです。仕事はもちろんギター製作ですが、プライベートで作るギターにさえ自分のラベルは一切貼れず、常に○○・ラミレ○の名前でギターを作る契約書にサインを迫られたそうです。幸いにも本人は断ったそうですが、要するに○○・ラミレ○工房に就職するからには、マリオ・フェルナンデス君の作ったギターには総て○○・ラミレ○のラベルを貼ってもらいますと言う事なのです。
量産工場に就職して流れ作業的に安いギターを作るのではなく、○○・ラミレ○の作品として売る高級手工ギターを製作する雇用契約と言う意味です(しかも大半はピストル吹き付け塗装)。マリオ・フェルナンデスが腕のいい職人で、良いギターを作るのなら別にいいじゃないですかと、気にしない読者もどうかしています。購入者は○○・ラミレ○のラベルとサインを見て○○・ラミレ○作の高級手工ギターと思い込んで大枚叩くのではありませんか?
この様に、大衆ギターならともかく、今日、スペイン製高級手工ギターまでこう言う仕組みになっている事が多々あります。そんな事は日本の輸入業者や小売店は百も承知です。売れてビジネスになればそれでいいと思っているのでしょう。もちろん、今日、日本に輸入されているスペイン人有名製作家の多くの手工ギターは、その名誉のためにも本人作だと断言しますが、有名製作家のラベルとサインだけ本物のギターも少なくはないのが現状です。その上、これらは日本ではブランドが故に、高級手工ギターとして販売され、仰々しく何々モデルと称されているものに多い傾向です。しかも、安いと却って信用しない、ブランドに弱い日本人の悪い癖を逆手に取って、定価は50~150万円以上!? 日本の売値から見ればまさかと思う様な原価で仕入れ、そこに本物のラベルを貼って、あっと言う間にブランドギターになります。
事実、私は日本語情報センター館長時代、日本で160万円払った○○・ラミレ○のクラシックギターをわざわざ持って旅行していた日本人に会いました。金額からして当然ハカランダだと思いきや、ローズでした。しかも、セラック手塗りではなくピストル塗装で、肝心の鳴りは悪くはありませんでしたが、低音が明らかにパワー不足。とても160万円の鳴りではありませんでした。因みに本人はハカランダもローズも何も知らない初身者でした。
これは普及モデルでも、前述のブランド化された普及モデルでもなく、確かに手工ギターですが、ラベルとサインの名前と製作家が違う以上、影武者手工ギターと呼ぶのが言い当て妙でしょう。ラベルは有名な~~工房でも、せめて~~作と、その無名製作者のサインを入れるのが良識のはずです。
製作家の知名度
名工作手工ギターなら当然高額で、仮に見劣りしないギターを作っても、無名製作家なら原価も安くなるのは当然です。
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料金比較は当然[手工ギター>普及モデル]です。以上を踏まえて更に詳しく言えば、知名度手間隙経験技術などを考慮して[名工作手工ギター>無名製作家の手工ギター>影武者作有名ブランド手工ギター>手工ギターと称されるブランド化された普及モデル>普及モデル]と、原価の順にこうなるべきですが、商業主義のおかげで価格は『名工作手工ギター>影武者作有名ブランド手工ギター>手工ギターと称されるブランド化された普及モデル>無名製作家の手工ギター>普及モデル]と、真に不条理な逆転現象も起こり得ます。そして、正にこれがスペインギター価格の現状であり、これがそのまま日本市場にも世界市場にも反映されています。
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正に”誰が何をいくらで売ろうが各自の自由。買いたい奴が買えばいいし、気に入らなきゃ買わなきゃいいだけの話だろ!!“と言わんばかりです。
確かに女性の虚栄心を満たすハンドバックならブランドの刻印に盲判を捺くのも自由かも知れませんが、老舗の寿司屋がスーパーのパートのおばさんの作った寿司パックを仕入れて、あたかもその店の職人が握った如く、高い料金を付けて店頭に並べているとすれば、それは少なくとも私にとっては問題です。そして、それがスペインギターならもっと問題です。
日本人ギター愛好家に、この不条理に対する識別力を養っていただくのも当サイトの目的です。
ギターの価値観がその奏でる音色ではなく、金に換えて何ぼの単なるギター産業になってしまっているが故に、これは究極のところギター、及び、スペインギターを取り巻く人々の商魂豊かな歌心の欠如が根本問題です。ギターがブランドのハンドバックと同じ次元に陥るとは、悲しい失望の旋律に他なりません。
いずれにせよ、スペインギターに限らず、いかなる国のどんな普及モデルでも、手工ギター以上の価格で販売する事は、スーパーの寿司パックに寿司職人の握った寿司より高い値札を付けるが如く、あってはならない事であり、不条理です。
以上の基礎知識を踏まえた上で、今度は日本におけるスペイン製普及モデルと手工ギターの具体的な判別方法を幾つか見てみましょう。
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ラベルによる判別
明らかに量産工場と分かるラベルが貼ってあれば、それはそう言う名前のギター製作所の普及モデルだと一目瞭然ですし、良心的ですが、問題は有名製作家ラベルのギターの場合です。疑っては失礼な正真正銘本人作の手工ギターもたくさんありますが、有名製作家ラベルのスペインギターでも、実際はスペイン国内や中国の量産工場に丸投げギターもまた、今日数多く存在しています。これらの中にはサイン入りまでありますが、本物はサインだけです。
この場合、店員さんに”このラベルの名前の本人の作品ですか?“と尋ねてみましょう。良心的なギター店なら良心的な答えをしてくれるはずです。
小売価格による判別
今日スペイン人個人製作家作正真正銘手工ギターの日本での定価は、如何に無名の制作家でも最低90万円と見受けます。つまり、逆に考えれば、今日日本で定価90万円以下の輸入スペインギターであれば、どんなに有名製作家ラベルのギターだろうが、どんなに何とかモデルと謳われてい様が、ブランド化された普及モデル(かせいぜい影武者手工ギター)と思って宜しいでしょう。普及モデルも確かに合板の安物から単板の高いモデルまでありますが、普及モデルは普及モデルです。
とは言え、定価90万円以上でも、総てが手工ギターではない事は既に述べました。要約すれば、スペイン人個人製作家作手工ギターは安くは成り得ないが、有名メーカーのスペイン製普及モデルは無名個人製作家の手工ギター以上に高く成り得ると言う事です。
特に、日本人は何とかモデルと称して高ければ、何でも飛びつくブランド志向と、物が良くとも、安ければ却って信用しない悪い癖があります。名より実を取る事を心掛けて下さい。
塗装による判別
スペインでは、一昔前まで手工ギターはセラック手塗り、普及モデルはポリウレタン吹き付けピストル塗装と相場は決まっていたものでしたが、業界が商業主義とブランド志向に走り始めてからは、平然とピストル塗装(ポリウレタン&高級品はラカ)された手工ギターさえ現われて来ました。
従って、塗装がセラックならそれは無条件に手工ギターと断定出来ます(稀に量産工場の最高級品&セファルディ‟GLシリーズ” を除く)。また、総ての普及モデルはピストル塗装(ポリウレタン&稀に高級品はラカ)ですが、今日商業主義の故に、安価なピストル塗装のスペイン製手工ギター(&と称され店頭に並ぶ普及モデル)もまた多く存在します。
90万円以上の高級手工ギターがスペインで5万円の量産合板ギターと同じピストル塗装とは、品質向上に努める企業の姿勢ではなく、単に手間隙人件費を省いて、出来るだけ高くブランド商品として売りたいがための、ケチな戦略に過ぎません。これには心ある職人気質のスペイン人製作家達も呆気に取られています。
手打ちラーメン屋がインスタントラーメンの粉末スープを使うでしょうか? “うちは名の知れた老舗の手打ちラーメン屋。放っといてもやって来るたくさんの客を捌くには、前の晩からグツグツ出汁を煮込んでる暇なんかない。どうせ分かりゃしないんだから、粉末スープにしときゃいい。“と読者が店主ならそうするでしょうか? スープはともかく、ギター消費者側が余りにも塗装に限らず、ギターについての知識がないので”どうせ分かりゃしない。“と甘く見られているのです。
おそらく読者の大半はギターの塗装の知識など皆無でしょうから、キョトンとする気持ちも分かりますが、次の[塗装の違い]を克目してお読みになれば、塗装が如何にギターの音質を左右するかがお分かりいただけます。
質問による判別
とは言え、ここで私が如何に文章で説明し様が、それはある意味自動車教習所の教室内の講義の様なもので、実際にハンドルを握って道路に出なければ、経験として分かるものではありません。
そこで、以上の知識を踏まえた上で、一番手っ取り早い手工ギター&普及モデルの判別方法は店員さんに『これは手工ギターですか、普及モデルですか?』とズバリ聞く事です。良心的なギター店なら良心的に答えてくれるでしょう。そして、その価格と予算と音色のバランスが取れていると判断した時点で初めて購入を考えても遅くはありません。もちろん、手工ギターとは年産14~15本のスペイン人個人製作家作正真正銘手工ギターを意味し、普及モデルとはどんなに有名製作家やメーカーのラベルが貼ってあろうが、量産工場作のギターは総て普及モデルであるとの定義に則った上で聞く事は言うまでもありません。
ですから、”このラベルの製作家は年産何本位ですか?“と聞いても、十分な単刀直入な駆け引きになっています。良心的なギター店なら良心的に答えてくれるでしょう。